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過去のマンスリー・トピックス
毎月、企業や社会の諸活動の中で気になるテーマ・話題に関するひとことエッセイや、とても有用な書籍へのひとこと書評を掲載中。 最新号、及びその他の過去のトピックスはこちらから。
◆2007/11 
北海道日本ハムファイターズの快進撃!
 〜「シンジラレナイ!」成功はいかにして作られたか〜



日本シリーズは中日ドラゴンズが北海道日本ハムファイターズを4勝1敗で下し、日本一になりth-050923-3.jpgました。 私のいる東京の盛り上がりは今ひとつ!?のような印象を受けますが北海道と名古屋の盛り上がりは相当なものだったと思います。 しかし伝統があり、チーム発足時より名古屋を地元にしている中日はともかく、わずか4年前に北海道(札幌)に移転してきた北海道日本ハムファイターズ(以下日ハム)が、ここまで地域に密着し人気を博すと想像がついた方は失礼ながらどれくらいいたでしょうか?
今回はこの「シンジラレナイ!」日ハムの成功がいかにして作られたかを考えてみたいと思います。

日ハムが成功した要因として大きく3点が挙げられると考えられます。
1.「選択と捨象」 2.緻密なブランド戦略と地道なマーケティング活動 3.人気者新庄選手の獲得とそのパフォーマンス


1.「選択と捨象」

旧産業再生機構代表取締役専務の冨山和彦氏は、「近年、企業の経営において『選択と集中』の重要性が唱えられていますが、実はこの言葉は同じ意味を二度繰り返しているだけ。 真に必要なのは『選択と捨象』です。捨てることこそが戦略なのです。」と仰ってます。 冨山氏が再生を手がけた企業の多くは、経営者が不採算事業を「捨てる」決断ができないまま、赤字が膨らみ、結果存続不能に陥ったことからくる言葉ですが、日ハムも「捨てる」という重大かつ困難な決断を下し成功の階段を昇り始めました。

移転前の日ハムは観客が少なく、球団の収支は赤字続き。メディアでの露出度も12球団中下から1、2位。 これ以上東京にはいられない、あるいは球団再編の荒波の中、近い将来の球団保有も危ぶまれるような状態でした。しかしだからといって簡単に本拠地移転は決められません。そのためには実に多くのものを「捨て」なくてはいけないからです。
@東京を拠点にしていることによる広告宣伝効果
A年齢的に札幌移転が難しいベテランの球団スタッフ
B何よりこの30年間で1回しかリーグ優勝できなかったのにずっと応援してくれたファンからも離れなくてはいけません。

この苦渋の決断を現状の危機感、「関東では6球団の1つだが、北海道ではオンリーワンになれる。」というプラス思考、そして綿密な成功プランを描くことにより、最終的に大社オーナーは決断を下すことになります。あのまま東京ドームに居たらと考えてみると、まさにこの決断(捨てる)こそが、今の日ハムの成功の第一歩と言えると思います。

2.緻密なブランド戦略と地道なマーケティング活動
次に“選択”です。日ハムは移転に際し、北海道民に受け入れられるための新たなブランド開発に着手します。その大まかな手順は次の通りです。

@球団のイメージ調査・・・球団関係者、東京、北海道のファン、市民、の約60人にインタビュー形式のアンケートを実施。その内容は多岐に渡りチーム、野球に関することはもとより日常生活に関する内容も含めて80問で1時間にもわたる綿密な内容。
結果わかったことは、球団のアイデンティティーが不明確、チームカラーは無色透明でチームの顔として挙がってくる名前は、TVで有名な大沢親分(元監督)や野球好きで知られる大社オーナー・・・たまに小笠原選手が出てくるほど選手の知名度が低いこと。 新たな日ハムの顔になる存在が不可欠な状態であることが判明し、結果入団会見に2,000名ものファンを集める人気者新庄選手の獲得(成功要因3)につながっていくことに。
A問題点・課題の“見える化”・・・調査データ、チーム成績、商圏(フランチャイズ)分析などのデータを客観的に過去・現在・未来のチャートにおとし、問題点、課題の“見える化”を実施。
B「ストラテジー・レポート」作成・・・将来の球団の目標を達成するためのマーケティング活動を明示し、ブランドを、成長していく過程でも立ち返れば必ず答えが出てくる指標として作成。
Cブランドイメージを表すロゴマークづくり。

こうして作られた日ハムの進む道、地域密着のマーケティング活動を次々と実行していきます。主なものとしては、
ファン主導のファンクラブ創設、道内各地での後援会結成、マスコット「B・Bくん」の全道横断でのイベント活動、全道での野球教室開催、選手によるスーパーや小学校訪問、福祉シートの設置、7時半以降の半額入場券の導入、道内企業・団体約1,300社が参加する「応援会」による協力の取り付け、練習場の近くにある商店街を「ファイターズ通り商店街」へ名称変更・・・

おらがまちのチームになるために積極的かつ地道な活動を行った結果、移転した‘04年は主催試合(65試合)で161.6万人(対前年比32%)を達成しました。しかしこの結果は移転初年度の物珍しさや人気の新庄選手の加入などの影響も大きかったと思いますが、その人気者・新庄選手も引退し、日本一も達成した移転後4年の今期(’07年)も主催試合(72試合)で183.3万人を達成。 試合数が増えてはいますが一試合平均でも‘04年24,862人→’07年25,459人(+597人)と増え、セパ12球団の中での第5位の地位を確保しています。もはや移転当初の新庄選手の個人的な人気や物珍しさの一過性のものではなく、確実に北海道に日ハムは根付いていると言えます。チーム成績も去年は日本一、今年も日本シリーズ出場とすばらしい成績を残しています。 まさにチーム成績も球団経営も東京に居た時には考えられない「シンジラレナイ!」成功を収めることができたのです。

事業の見直し、ブランド開発、マーケティング戦略・・・日々の業務の中で問題は山積していきます。この難解な問題に対し私達ダイナアーツでは『選択と捨象』のための判断基準、進めていくための綿密な計画、実効力がある取り組み、などを作るお手伝いをさせていただいております。 「シンジラレナイ!」結果を出すために、まずは「シンジラレル」ダイナアーツへのご一報をお待ちしております。

※参考文献:日経情報ストラテジー‘07年12月号 「捨てる」決断の価値を体現した北海道日本ハムファイターズ

(木)


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